|ゲルマラジオに遭遇す|目覚め|タンパを知る|アマチュア無線を知る|
|初めての送信機|
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電灯線アンテナに飽きてきた頃、兄貴から本格的なアンテナの作り方を教わった。逆Lアンテナである。材料の電線と碍子は兄貴がプレゼントしてくれた。後は竹を切ってくるだけである。家は田舎で土地も広く、竹ざおさえ建てれば庭には小高い木も立っている。どれかに登ってくくりつければ出来上がりだ。兄弟を動員して竹やぶに行くことにした。この竹やぶは婆さんと竹の子を取りに行くので勝手は判っている。叔父からノコギリを借りていざ出陣。この頃小僧は小学5年生に進級していた。
切ってきた竹ざおを家にくくりつけ、向かいにある桃だか柿だか忘れたが木に電線をくくりつけた。竹ざおは5mほどあったろうか。地上高5m、水平部10mの逆Lアンテナが完成した。早速ゲルマラジオに接続する。大きな期待と興奮状態で。処が、電灯線アンテナに遥かに及ばない。作り方を間違えたと思った小僧、兄貴のところへすっ飛んでいった。
「ふ〜ん、で、アースはどうした?」「へっ?」アースなんて言葉は始めて聞いたし、どんな部品か知らない。で、恐る恐る聞いてみる。「それってどんな部品なんですか。僕は持ってないです」兄貴は破顔一笑してこういった。「アースってのは大地のことだ」ダイチ?? 小僧の頭の中ではゲルマラジオが土の中に埋まっていたのである。
兄貴が三冊の本をくれた。一冊目には「アマチュア無線工学」と書いてある。何か特別な本らしい。二冊目は「初歩のラジオ」と書いてある。三冊目は「CQハムラジオ」と書いてあった。どれも初めて見る本である。家に帰ってパラパラとめくってみたが、何となく判りそうななのは初歩のラジオだけだった。当然である。小僧はまだ初歩のまた初歩なのだから。
子供の科学や子供の学習といった雑誌を買ってもらっていたのだから、初歩のラジオも買ってくれるだろうと思い父に言ってみるとあっけなく商談成立。父は子供のためと思って買ってくれたのだろうが、小僧はその恩を仇で返すようなことを次々と起こしていく。許せ父。
学校の勉強もそこまでやれば両親も安心だったろうが、小僧の勉強熱は違う方向に向けられた。そのかいあってゲルマラジオは卒業し、兄貴の薦めで0-V-1を作ることになった。部品は全て兄貴から。再生式である。この辺りから部品に関する知識が急速に増えていく。バリコン、コンデンサ、抵抗、コイル、豆コン・・・。真空管に何を使ったかが記憶から欠落しているが、ST管であったことは間違いないから、56、12A辺りじゃないかと思う。これだけだと単に並3受信機なのだが、兄貴は面白いことを言った。「坊主、これでタンパが聞けるぞ」
タンパ・・ それは恐ろしく魅惑的で神秘的な言葉に聞こえた。兄貴から貰ったCQハムラジオにはタンパのBCLのことが確か書いてあった。海外の放送を聞いてその放送局に受信したことを知らせればBCLカード(ベリカード)というやつが送られてくるらしい。海外なんてアメリカしか知らない(それに、どこにあるかも知らない)小僧にとってタンパが聞ける0-V-1はゲルマラジオとは比較にならない宝物となりそうだった。付け加えて兄貴はこう言った。「アマチュア無線も聞けるぞ」 良く判らなかったが、何か凄いことを教えられているような気がした。
手渡された配線図(実態配線図ではない)と部品を睨めっこで2日で作り上げてしまったのだから、流石に兄貴もこれには驚いていた。本人は鼻高々である。但し、ここまでは組み立てただけ。プラモデルを組み立てたようなものだ。調整はこれからであるが、この辺は何も判っちゃいない。それに、測定器などと呼べるものなど何も持っちゃいない。結局、調整は全て兄貴にお任せで0-V-1は完成した。後の誕生日に父から誕生日プレゼントを買ってやると言われ、テスターを買ってくれと言って買ってもらった三和のアナログテスターが最初の測定器となった。
出来上がった0-V-1は小僧を虜にした。特に、再生をかけるチューニング操作は何か自分が特別な技術を駆使しているように思え、これをマスターしたらどんな放送だって思いのままに聞こえるもんだと固く信じた。逆Lアンテナはアースとともに0-V-1の性能を最高に発揮してくれていると思っていたし、事実、BCLカードは着実に増えて兄弟の羨望を浴びた。